公開 2024.03.22 更新 2024.12.10Legal Trend

クレディ・スイスのAT1債の訴訟事件とは?弁護士がわかりやすく解説

訴訟

スイス金融大手であるクレディ・スイス・グループの債券「AT1債」を無価値とする判断を巡って、各地で訴訟が提起されています。

AT1債の無価値化は、なぜ起きたのでしょうか?
また、今回の事件のように、投資で不測の損失を被らないためにはどのような対策を講じればよいのでしょうか?

今回は、クレディ・スイス AT1債に関する事件について弁護士が詳しく解説します。

目次
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クレディ・スイス AT1債に関する事件の概要

クレディ・スイスAT1債にまつわる事件とは、 スイスの大手金融機関である「クレディ・スイス」が発行していた「AT1債」が、突如として無価値化されたものです。
AT1債が無価値化されたのは2023年3月のこと。クレディ・スイス社が経営危機に陥り、その救済のためにライバルであるUBSに買収されるにあたり、スイスの金融当局が買収交渉をまとめるために行ったとされています。

無価値化されたAT1債は160億スイスフラン分であり、日本円ではおよそ2兆4,000億円に相当します。
また、日本国内でも日本国内でも1,400億円程が販売されていたようです。

一方、この件ではクレディ・スイス社の普通株式は無価値となっていません。
普通社債よりもリスクが低い比較的安全な商品であると考えられてきたAT1債が突然無価値化されたことで、世界各国の投資家が被害を受け、各地で訴訟が提起される事態に至っています。※1

AT1債とは

そもそも、今回無価値化されたAT1債とはどのような性質を持った金融商品なのでしょうか?
ここでは、AT1債の基本的な仕組みについて解説します。

AT1債の基本

AT1債とは、企業が発行する「債券」の一種です。
債券とは、国や企業などが投資家から資金を借り入れるために発行するものであり、代表的なものに「国債」や「社債」が挙げられます。

債券は原則として満期になると元本が返還されるほか、利息も支払われます。
たとえば、1,000万円分の債券を有している場合は、あらかじめ定められた満期まで保有することで、1,000万円と利息が支払われます。
また、投資商品として債権を購入する際は、必ずしも満期まで所有する必要はなく、満期の到来以前に売却して売却益を得ることも少なくありません。

ただし、お金を貸している相手が破産したら貸付金の回収が難しくなるのと同じように、債権の発行体が破綻した場合は債券が無価値となるリスクがあります。

そして、AT1債は債券のうち特殊な条件が付されたものです。
AT1債は通常の社債と比較して金利が高く、この点で投資家にとってメリットがあります。

リスクの度合いでいえば、普通社債よりはリスクが高いものの、普通株式よりはリスクが低いものと考えられてきました。※2

AT1債の主なリスク

AT1債の主なリスクは、発行体である企業の自己資本が減少した際に、無価値となったり強制的に株式に転換されたりする可能性があることです。
通常の社債には、このようなリスクはありません。

AT1債の正式名称は「Additional Tier1債」ですが、このうち「Tier1」とは中核的自己資本を意味します。※2
中核的自己資本とは、銀行の自己資本のうち中核となる資本であり、返済義務のない普通株式や利益剰余金などから構成されます。※3
金融危機後に定められた銀行の国際的な資本規制である「バーゼル3」によって、預金者を保護するため、銀行がこの中核的自己資本(Tier1)の割合を一定以上に保つべきことが定められました。

そこで、Tier1を一定以上の割合に保ち銀行の預金者を保護するため、銀行の中核的自己資本(Tier1)が一定割合以下となった際に、バッファーとするための金融商品が誕生しました。
その商品が、「AT1債」です。

つまり、いざというときに返済の必要をなくして(無価値化して)銀行の負債を圧縮したり、強制的に株式に転換して中核的自己資本へと組み込んだりする仕組みを持ち、中核的自己資本を守るバッファーとしての役割を担う金融商品こそが、「AT1債」であるということです。
その見返りとして、通常の社債よりも金利が高く設定されています。

クレディ・スイスの「AT1債」が無価値になった理由

ここまでで解説したように、AT1債は決してリスクの低い商品ではなく、社債よりはるかにリスクの高い商品です。
では、今回クレディ・スイスの「AT1債」が無価値となったのはどのような理由によるのでしょうか?
ここでは、主な理由を2つ解説します。

無価値となる条件に該当したから

先ほど解説したように、そもそもAT1債は中核的自己資本が毀損した際に無価値化されるリスクを内在した金融商品です。
今回は、クレディ・スイスの自己資本が一定以下へと低下したことが、AT1債が無価値となるトリガーとなりました。

クレディ・スイスの契約書面で普通株式と弁済順位が入れ替わる旨の規定があったから

AT1債が中核的自己資本のバッファーとしての役割を担い無価値となる可能性があるとはいえ、原則として普通株式よりは弁済順位が高いはずです。
そうであるにもかかわらず、クレディ・スイスの一件では普通株式は無価値とならない一方で、AT1債だけが無価値となっています。

これは、クレディ・スイスの契約書面で普通株式と弁済順位が入れ替わる旨の規定が盛り込まれていたことによるようです。※4
また、スイス特有であるとの考えもあり、発行体が所属するのが別の国であれば、また違った判断がなされた可能性も否定できません。

投資で不測の損失を抱えないための予防策

投資で不測の損失を抱えることは、誰しも避けたいことでしょう。
では、投資によって不測の損失を抱えないためには、どのような予防策を講じればよいのでしょうか?
ここでは、主な対策を4つ解説します。

投資先の商品についてよく理解する

1つ目は、投資先の商品についてよく理解することです。

今回無価値となったAT1債は、そもそも一定の条件下で無価値となるリスクを内在していました。
このリスクを理解していれば、初めから投資対象としなかったと考える投資家もいるでしょう。

もちろん、販売や投資の勧誘をした金融機関が説明義務違反を問われる可能性も十分にあり、これについては今後各地で訴訟が展開される可能性は否定できません。
いずれにしても、投資する商品を選ぶ際は投資先の商品の性質をよく理解しておく必要があります。

専門家から助言を受ける

2つ目は、専門家から助言を受けることです。

特に多額の資産を投資する際は、勧誘されている金融機関だけではなく、別の専門家からも助言を得ることで客観的な視点を持ちやすくなります。
証券会社の担当者も十分な説明を行うことが一般的であるものの、そこには商品を売りたいとの前提があり、完全なる客観性は期待することが難しいためです。

そこで、独立した(どの証券会社からの紹介などではなく、自身も金融商品の勧誘などを行う立場にない)ファイナンシャルプランナーに相談することで、その商品のまとまった資金を投資することが適切であるかどうか客観的なアドバイスを得やすくなります。
独立しかつプロとしての視点を持つファイナンシャルプランナーへの相談は数万円程度の費用がかかることが一般的ですが、投資で大きな失敗を避けるためには必要なコストであるといえるでしょう。

仕組みを理解できない商品には手を出さない

3つ目は、仕組みを理解できない商品には手を出さないことです。

金融商品にはシンプルな設計のものがある一方で、非常に複雑でありプロでさえ理解が難しい商品も少なくありません。
しかし、仕組みが理解できないということは、損失を被るおそれが生じた際に損切りをする判断も難しいということです。
また、今回のAT1債のように、不測の損害を被るおそれが高くなります。

クレディ・スイスのAT1債は、そもそも性質上無価値となる可能性がある商品であるうえ、契約書にも株式に劣後する旨が明記されていました。
しかし、実際にはこのようなリスクを正しく理解して投資した投資家がどの程度存在するのか疑問が残るところです。

不測の損失を被った場合は、投資勧誘をした証券会社などに説明義務違反があり、損害賠償請求が認められる可能性もゼロではありません。
しかし、そもそも投資で大きな失敗をしないためには、自分が仕組みを理解できない商品には手を出さないことが鉄則です。
説明を聞いても仕組みが理解できない商品は、理解できない損失を被る可能性があると考え、避けるようにした方がよいでしょう。

投資で不測の損失を被ったら弁護士へ相談するメリット

金融商品への投資で不測の損失を被ったら、諦める前に弁護士へご相談ください。
最後に、投資による損失について弁護士へ相談する主なメリットを2つ解説します。

法的責任追及の要否を想定しやすくなる

1つ目は、証券会社など投資商品を勧誘した者へ法的責任を追及できるかどうか想定しやすくなることです。

たとえば、投資経験がほとんどない高齢者に複雑な仕組みの金融商品を勧誘した場合などには、証券会社などに「適合性原則違反」などの問題がある可能性があります。
また、高齢者などでなかったとしても、商品のメリットだけを強調されリスクの説明を受けなかったなどの事情があれば、「説明義務違反」に問える可能性があります。
実際に、適合性原則違反や説明義務違反によって、勧誘した証券会社に対する損害賠償請求が認められた事例は少なくありません。

しかし、証券会社に法的責任が追及できる見込みがあるかどうか、自分で判断することは容易ではないでしょう。
弁護士へ相談することで、その事情によって法的責任の追及が可能であるかどうか、あらかじめ想定しやすくなります。

訴訟などの対応を任せられる

2つ目は、訴訟などの対応を任せられることです。

投資による不測の損失を被った責任を証券会社などに追及するにあたっては、訴訟までの対応が必要となる可能性が低くありません。
しかし、金融機関側は顧問弁護士が訴訟対応をすることが原則であり、これに自分で対応することは現実的ではないでしょう。

弁護士へ相談して依頼することで、訴訟などへの対応を任せることができ安心です。
また、訴訟において必要となる証拠の収集などについても、アドバイスやサポートを受けられます。

まとめ

クレディ・スイス・グループが発行する債券である「AT1債」が無価値となった問題について解説しました。

AT1債は、発行体である銀行の中核的自己資本の減少をトリガーとして、無価値となるリスクを孕んだ金融商品です。
また、今回は普通株式よりも劣後するとの条項が契約内容に盛り込まれていたことから、普通株式が無価値とならなかったにもかかわらず、AT1債だけが無価値となりました。

金融商品への投資で不測の損失を被らないためには、投資する金融商品について十分に理解しておかなければなりません。
また、仕組みやリスクが理解できない商品には、投資をしない方がよいでしょう。
状況によっては、投資をしてしまう前に外部の専門家にアドバイスを求める対策も有効です。

自身や高齢の家族などが投資によって不測の損失を被ってお困りの際は、Authense法律事務所までご相談ください。
Authense法律事務所には金融商品に関するトラブルに詳しい弁護士が多数在籍しており、解決へ向けて親身となってサポート致します。

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記事監修者

Authense法律事務所
弁護士

伊藤 新

(第二東京弁護士会)

第二東京弁護士会所属。大阪市立大学法学部卒業、大阪市立大学法科大学院法曹養成専攻修了(法務博士)。企業法務に注力し、スタートアップや新規事業の立ち上げにおいて法律上何が問題となりうるかの検証・法的アドバイスの提供など、企業のサポートに精力的に取り組む。また、労働問題(使用者側)も取り扱うほか、不動産法務を軸とした相続案件などにも強い意欲を有する。

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